薄汚れた社会に揉まれた大人達は映画ドラえもんを観てくれ

常に不安が付きまとう生活を送り、無為な日々を淡々と過ごし、他力本願に生きている現代社会のみなさん。お元気ですか?

 

元気ではない?

 

ならば、映画ドラえもんのび太の月面探査機」を観ましょう。

 

劇場で映画版ドラえもんを観たのは「のび太の秘密のミュージアム」以来、実に数年ぶりであった。もちろん、普段は学生生活にバイトに慌ただしい日々を送っているので、金曜日に放送されているアニメ版ドラえもんを観る暇すら持ち合わせていない。

 

しかし、今日、映画ドラえもんのび太の月面探査機」を観て、デカダンス的な生活を送り、エネルギー消費とは真逆な日々を過ごす諸君に確実に言えることがある。

 

「大切なことは全て映画ドラえもんが教えてくれる」ということだ。

 

今回の映画ドラえもんは、皆さんご存知の通り、小説家・辻村深月さんが脚本を手掛けている。また、月を題材としているだけに古典文学との関わりも深い。

 

映画ドラえもんといえば、お決まりのパターンが以下の通りである。

 

のび太の突拍子もない計画により、第二世界の存在が明らかになるor作られる→そこで問題が起き、のび太達がそれらを救うべく立ち上がる。

 

今回もそのような話であった。

 

「“友達“ということだけで助ける理由にだってなるんだよ。」

 

のび太の言葉である。

友人を救うために地球を離れるとき、ドラえもんが、

「厳しい状況になるぞ。覚悟のない人は行かないほうがいい。」

という。

 

のび太、しずかちゃん、ジャイアンは新しく出来た仲間を救うべく、すぐに月に向かう決断をする。

一方、スネ夫は月に行くか行かざるべきか悩む。

 

しかし、自らを奮い立たせ、待ち合わせ場所にやってくる。映画ドラえもんには、友情・勇気・信頼・愛情、人間が大事にすべき全ての要素が詰まっている。

 

子どもが観る映画だ、と言って侮ること無かれ。

忙しさに、地位に、名誉に。大事なものを侵され、目の前のことで精一杯になってる、社会に揉まれた大人達にこそ、映画ドラえもんを観て欲しい。